特掃隊長『特殊清掃』を読んで、死と生について考える。

死

人は死ぬとどうなるのか?

答えは、腐っていく。

生きている人間の体が腐敗しないのは、常に代謝が起きているからだ。命が尽きて、体内エネルギーの循環が止まってしまえば、人体は数日のうちに腐り溶けてしまう。

色々な事情で、人生の最期をそのような形で終えてしまう人がいる。もちろん、その人が死んでいた場所には汚物が残る。その後片付けをするのが、特殊清掃という仕事だ。

日々、「他人の死の後始末」をつけるということは、一体どういうことなのだろうか。その清掃を生業とする人は、一体死について何をどう考えているのか。そのような興味を持って、『特殊清掃 死体と向き合った男の20年の記録』を読んだ。

著者である「特捜隊長」氏が見てきた現場は、壮絶なものだ。その割に、本書での氏の語りぶりは淡々としているように感じられる。しかし、その文面の随所に、多数の死と向き合って来た著者の独特な死生観が表現されている。

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死から見えてくる「生き方」

思い

人はどう生きたところで、最期は死んでしまう。

いつの日か、科学技術の力で不老不死が実現するかもしれないが、まだ先のことだろう。2016年現在、人が死を迎えることには例外が無い。

人が死んだ後、その人の生きた証として残るものは何だろうか?

まず、遺体が残るように思える。でも、普通は火葬にして燃やしてしまうから、数日中に無くなってしまう。不幸にも腐って溶けてしまっても、特殊清掃の人が掃除をしてくれるので、結局は残らない。

財産(家とか、お金とか)が残るとも考えられる。しかし、それは何かちょっとしたことが起こっただけで、いつでも他人のものになってしまう。そういう物質的なものは、何だか、その人の生や死とは無関係な気がする。

思うに、唯一残るものがあるとすれば、それはこの世に残された人たちの心の中に宿る「思い」だ。

本書にも描かれているように、人が亡くなれば、その故人の家族、友人、大家さん等、その人に関わった人たちが、様々な感情を抱く。良い感情も悪い感情もあるだろう。それは死後もかなり長い間、そこに留まる。誰か他人の所有物になってしまうことも無い。

死ねば、それくらいしか残らないのだ。

ならば、その死んだ後の印象を良くするために、カッコつけたり、他人に世話を焼いたりして生きる、というのもいいかもしれない。けれど、たかだか死後の印象である。そのためだけを考えて大事な人生の時間を消費するというのも、何か違う。

自分の生きたいように生きればよい。生きて生きて生きて、じたばた足掻いて、皆、最期を迎える。

その時、誰かの心に少しの何かが残る。それでいい。

おわりに

本書の「おわりに」で、大事にするべき知識をひとつ教わった。

愛する人を失った遺族が、その亡骸にかける言葉の中で特に多いのは次の2つ。

「ありがとう」

「ごめんなさい」

なのだそうだ。

死んだ後では、少し聞こえにくいかもしれない。生きているうちに、ちゃんと伝えておこう。

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