聖徳太子の活躍と大化の改新が分かる!マンガ日本の歴史5

石ノ森章太郎『マンガ日本の歴史5 隋・唐帝国と大化の改新』

歴史が苦手な人に是非勧めたい、石ノ森章太郎氏のマンガ日本の歴史シリーズ

歴史をマンガで学ぶことができるなんて、本当に幸せなことだと思う。これが実現できるのは、もしかしてマンガ大国日本だけなのではないか?

もちろん、歴史の内容を凝縮してマンガにしているので、少し分かりづらいところや難しく感じる部分も無くはない。そういうとき、私はなるべくWikipediaなどのネットの情報を参照し、不明な部分を補うようにしている。

たとえば、「吉備の国」という耳慣れないキーワードが現れる。どこだ?と思って調べたら、岡山から広島のあたりだと分かる。また、重要人物が多く出てくるので、人間関係が分からなくなることがある。そういうときは、天皇家の家系図を探してみておくとスッキリする場合が多い。これとかね。

新しい知識を得る作業は本当に楽しい。今日は第5巻「隋・唐帝国と大化の改新」を読了した。以下、内容をまとめておく。

スポンサーリンク

前半:聖徳太子の治世

聖徳太子

前半に描かれているのは、蘇我氏のコントロールのもと、聖徳太子が世を治めていくシーンである。

このころ朝鮮半島では新羅が力をふるうようになっており、聖徳太子は国の外から攻め滅ぼされる脅威を感じるようになっていた。しかし現在の国力ではその脅威に十分対抗できないとも彼は考えた。

そこであえて朝鮮からは手を引き、日本列島内部の統一化に注力することとした。その結果でてきたものが、冠位十二階という役人の身分制度や、十七条憲法といった新しい国内秩序であった。

後半:大化の改新へ

蘇我入鹿討たれる

後半に描かれるのは蘇我氏の隆盛と衰退である。この頃の蘇我氏は天皇の政治力を掌握して権力を欲しいままにし、専横的な国策を採るようになっていた。

蘇我氏への非難と反感の高まりを背景に立ちあがったのが、中大兄皇子と中臣鎌足である。彼らはまず蘇我入鹿を殺害した。そして蘇我氏一族との闘いに備えるべく、諸王・諸大臣とともに法興寺に立て籠もる。ところが翌日には入鹿の父蝦夷が自決したため、それほど大きな戦にはならなかったようだ(乙巳の変)。

中大兄皇子らは軽皇子を孝徳天皇として即位させ、元号を大化と改め、新しい政策を打ち出していった。まず、蘇我氏側の勢力が多かった東国地方を八つに分けて国司を配置し、監視した。そのほか、租税制度・官僚制度を改めたり、当時あった「死者を悼むために自らの体を傷つける」などの合理性の無い因習を「愚俗」として禁止するなどした(大化の改新)。

雑感

勝手気ままな政治を行うものは必ず反対勢力に討たれる。これは歴史が繰り返し示してきていることである。人の上に立つものは常に慎み深く、配慮ある政策をなさなければならない。

それにしても…当時は今と違い、人を殺せば警察に捕まって懲役何年、という時代では無いから、毎日が殺すか殺されるかの日々だ。自分が刺される可能性を感じないときが一瞬も無い生活というのは、実は相当なストレスだったのではないだろうか。

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク