被災地の写真18枚。東日本大震災から1年半後の訪問で、私が得た教訓について。

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東日本大震災は、東北地方に甚大な被害をもたらしました。誰も忘れることができないあの災害から、もう5年以上が経ったのですね。

私は九州在住ですので、東日本大震災によって直接の被害を受けたということはありませんでした。

そして、遠方に住んでいたために、被災地の悲惨な様子は、いつもメディアを通じて見聞きするのみでした。

正直に言えば、震災のことをどこか「他人事」のように当時感じていたんです。遠い世界の出来事のような。

でも、そういう意識は何か間違っている。この日本列島で同じ日本人がたくさん亡くなり、あるいは今も苦しんでいるのに、自分は関係無いよというのは変だ。

そんな風にも思っていました。

私がすべきこととは何なのか? そう考えたとき、まず被災地をこの目で見ようと思いました。

そこで、震災が起こってから1年半が経った頃。東北地方が少しずつ落ち着き始めたのを見計らって、私は被災地を訪ねました。

今回は、数年前のものではありますが、私が被災地に行って撮った写真を公開していきます。具体的な地名は伏せますが、津波の被害が特に大きかった場所を歩きました。そして写真の後で、私が感じたことを記します。

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私が見た被災地

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恐怖と衝撃の連続

被災地を歩いた私が最も感じたのは、恐怖衝撃です。

私はあえて海沿いを歩きました。ザザーンと波打ってしぶきを上げる、どこでも見られるような静かな海でした。でも、そこから感じたのは「今まさにここから津波がやってくるんじゃないか」というとてつもない恐怖です。

実際、震災から1年半の東北地方は、まだまだ余震も起こっており、現実に津波が来ないとも限らないという状態でした。それに加え、「この目の前の海が、全く姿を変えて、陸を目がけて押し寄せ、多くの人と町を飲み込んだ」。そう考えると、恐ろしくて、心がかき乱されて、一人で泣きべそをかいていました。

道を歩いていると、全壊状態の住居や建物の基礎部分、瓦礫の山がいくらでも残っていました。ところどころに、人々が被災後しばらくの間、救助を待っていた跡も見えました。いくつかの場所には、誰かの死を悼んだ花束が供えられていました。

ここには確かに人々の平和な生活があった。それが一瞬にして真逆のものに変わった。そんな起こりそうにないことが、現実に起こった。何度もそう思わされ、衝撃で心臓がどうにかなりそうでした。

実は何も知ってはいなかった、という教訓

もちろん、地震があったことも、津波が来たことも、人がたくさん死んでしまったことも、多くの生存者が悲しみや苦しみを抱えて生きていることも、東北地方に行く前から、私は知っていたんですよ。インターネット等を利用すれば、たくさんの情報が手に入りますから。

でも、被災地を自分で歩き、この目で見て、(被災した人が味わったのよりはずっと小さいけど、少しだけ近い)恐怖を感じたことで、「情報の現実味」については全くレベルの違うものになりました。

私は東北の震災について、実は何も知らなかったんだな、と思うくらいに。

だから、私が得たものは、「メディアを通じて分かることというのは、ごく表面的だ」という教訓です。それはメディアが悪いとかどうとかいう意味ではなく、どうしたって、他人が撮った遠い地域の映像から自分が感じ取れることには限界があるということ。

本当に知りたければ、自分の目でよく観察し、体験してみなければならない。そう強く意識させられました。

震災を理解し、支援する

被災地を後にする際、私が考えたのは「何か私に支援できることはあるか?」ということでした。今以上にお金が無かった当時の私でしたが、少しでも自分にできることをと思い、東北の新聞社が出している次の本を購入しました。

『津波からの生還』については、津波被害に遭いながら(つまり本当に津波に飲み込まれながら)奇跡的に助かった人々の体験がつづられています。九死に一生を得た人々は何を見て、何を思ったか。そんな話は滅多に見聞きできませんから、特に印象深い本でした。

『巨大津波が襲った3・11大震災』『津波被災前・後の記録』は、震災時の写真集です。地元新聞社が撮り集めた写真が掲載されており、震災の記憶として非常に貴重な資料になっていると思います。

まとめ

被災地を訪ねるということは、危険に巻き込まれることもあるので、万人に勧められることではありません。

しかし、現地で何が起こったのか? 何が起こっているのか? ということを体感で分かるためには、やはりその場所へと足を運ぶのが非常に重要であると思います。

補足的な話。災害の被害にあった土地を政府の要人が視察に行くというのを時々ニュースで見ます。それにどれほどの意味があるのか、パフォーマンスではないのか、下級の役人に任せておけば良いのではないか、と私はずっと疑問に思っていました。

が、この被災地の体験を通じて、考えを変えました。むしろ、トップレベルの人たちが現地を実際に見聞きし、そこで得た感覚を持ち帰ることにより、その人がその後被災地支援に力を入れるようになる効果があると思うので、実はかなり意義のあることだと今は思っています。